特許出願済:特願2011-288706号


剣道場の床は無垢・無塗装がいい

(株)五感・前田英樹さんに聞く

スキージャーナル社・剣道日本 2012年2月号

福心舘の床材を供給した「五感」では、「剣道場 床建築工房」のサイトを運営しており、 その中には床材についての解説などと並んで、「剣道場視察」のコーナーや、ブログ「剣道場探訪記」がある。 前田さんが全国の多数の剣道場を実際に訪れて(稽古もしながら)調査をした感想や動画がアップされている。 剣道場にとって、いい床とはどんな床なのか。数々の道場を見て考えたことや、床のメンテナンス法なども含め、木材の専門家である前田さんに聞いた。

「私が訪ねたどの道場も、初代設立者の方の思いがいろいろなところにかいま見られました。 とくに個人道場は財産をはたいて建てるから、よくよく考え、調べてつてを頼ってつくられたんでしょう。 また、歴史がある道場は、歴史がある床なので、その分だけ工夫がされています。

かといって私は古いものが絶対いいと考えているわけではありません。古いものを勉強して、施工技術、乾燥の方法などは、今の進んだ最善の方法をプラスしていこうと思っています」

 と話す前田さんが推奨しているのは、福心舘の記事で紹介したように、無垢材を使った無塗装の床である。 それに対して体育館などでよく見られるのが集成材にウレタン塗装を施した床。実情としては体育館仕様の床の剣道場もあるし、無塗装であっても改修時などにウレタン塗装を施した道場もある。 「最近では、アキレス腱を痛める恐れがあるからウレタン塗装はやめましょうという流れになってきていると思います」

 と前田さんはいうが、無塗装だった古い道場を張り替えてウレタン塗装にしたとたん、アキレス腱を切る人が続出したというような話も伝わってくる。無垢材、無塗装の床板の方が故障が起こりにくいことは池田孝博さんの研究でも分かる。

 では、ウレタン塗装は何のためにするかといえば、シューズを履いて瞬間的に止まったり方向を換えたいスポーツにはその方が適しているからだが、剣道場の場合でも管理者側にとっては安心だからだと前田さんは指摘する。「無垢材というと、傷んだり、へこんだりして手入れが大変、長持ちしないのではないか、印象を持つ人は少なくありません。たしかに割れたり、けば立ったり、そげが出ることはあります。それにより足を傷つけて小さなケガをする可能性がありますから、それらを防ぐためのメンテナンスは必要ですが、木とは本来そういうものです。

一方、ウレタン塗装をすれば、その心配がない代わりに、アキレス腱を痛めたり切ったりする可能性が高くなります。前者のケガは管理者が責任を問われるかもしれないが、後者は問われない。しかし、人にやさしいのはどちらなのか、考えてみてください」

最上の床材は何か

 さて、無垢材の中で木の種類としては何がいいのだろうか。福心舘の床板は杉材だったが、剣道場には昔から杉とならんで松、桧などが使われてきた。 古い剣道文献には道場の床について触れているものがあると前田さんが教えてくれた。『剣道学』(金子近次・聚英閣・大正13年)には

「床板は最も上等の物を用ひ。厚さ少くとも一寸以上で幅七、八寸であること。杉が最も良い」とあり、一方、『剣道の理論と実際』(縄田忠雄著・六盟館・昭和15年)には 「杉材の如く木目の立ち易いのは感心出来ず(中略)桧も杉よりは少しよい位の程度で木目が立ってよくない。(中略)斯く観じ来れば日本松が最も宜しく桧が之に次ぐのである」とある。

「昔の話なので、地方ごとに採りやすい木があったはずです。10tトラックがなかった時代ですから、その地方で長くて採りやすい木を使いました。しかし今は流通がよくなって、全国どこでも、どういう木でも入るようになっているので、材木屋であり剣道もかじっている私の知識として、現時点では杉を推奨しています。剣道場においては適度な滑りが必要で、そのためには表面の柔らかさを持った樹種でなければならず、日本では桧か杉に絞られますが、表面硬度が若干固い桧よりも、杉に軍配が上がります。 あの中山博道先生も同じような観点から、杉を推奨していました」

 ただし、木材の樹種にこだわりを持つ人に対しては、もちろん杉以外の材木についても相談に乗るという。

木が生えている山まで足を運ぶ理由

 前田さんは、自分が売ろうとしている材料を探すために、その木が生えているところまで足を運ぶ。「自分が探している材料を探そうと思うと、山まで行かなければなりません。山へ行って“山の人”と話して、伐きらせてもらって、それを製材業者に持ち込みます。 それは剣道場の板に限らないし、アメリカにも中国にもヨーロッパにも行きます。

私は自分自身が使うものに関しては気になる質(たち)で、食べるものでも、どこで釣れた魚なのか、どこで獲れた米なのかを知りたくなる。 だからお客様に聞かれた時に、どういうところに生えていた木で、どうやって乾燥させたのか答えられるようにしておきたい。自分の目で見たものしか使いたくないんです。そうでないと小社の値打ちも落ちると思うし、お客様の喜びも半減するでしょう」 実際にそこまでする材木商はあまりいないらしい。だが、その場合、流通の段階で問屋がいくつも入り、販売店が入るので、本当の値段が分からなくなってしまう。高価なものになってしまうこともある。

 山へ行って板を選ぶとき、前田さんが最も重用視するのは乾燥工程だ。6カ月以上は自然乾燥させた方がいいと考えている。人工乾燥機で熱を加えて急激に乾燥させると、木の成分が抜けてしまい、脂っ気がなくなりパサパサしてきて、摩耗が早くなり、ツヤも出ない。 人工乾燥機は最終段階での調整にだけ使用するのがいいそうだ。

 また、木材は乾燥した後、「養生」をする。温度、湿度が天候にかかわらず一定になる倉庫に置いて、板の癖(くせ)を出すという。 癖とは割れ、反り、曲がりなどで、この段階で必ず出てくる。そこで反ったところから、まっすぐな板を切り出すのだ。削り落とされた部分はチップになって集成材などに使われる。 この工程を経なければ、当然後で反ったり曲がったりしてくるが、養生をしたかどうかは自分の目で確認しないと分からない。していなくても売れるし、売っていけないということもないのだという。

環境のためにも国産材を 前田さんが国産材の使用を推奨しているもう一つの理由は、環境への影響である。木は光合成をしている。つまり二酸化炭素を取り込んで、酸素を排出する。それで炭素はどこへ行くかいえば、木に蓄えられて、燃やしたり腐ったりしない限り排出しない。建築に使用することで炭素が固定されるわけだ。五感が運営するサイトの「炭素の蔵」には、各県ごとに何トンの炭素を「貯蔵」したかが見られるようになっている。

 一方、輸入材だったら、ほとんど船で入ってくるので、輸送するだけでも二酸化炭素を排出する。家に届くまでの二酸化炭素排出量というのも問題視されているのだ。「だから一番いいのは、家の庭に生えている木を使うことです。昔の道場がそれぞれ近くで採れる木を使っているのも理にかなっていることなのです。今、大きな建物をつくるときは、国産材を何割か使わなければならないという法律ができています。年取った木は二酸化炭素の吸収量が小さくなってしまいますが、伐って新たに植林することで活性化するというサイクルができるわけです」

 庭の木を使うということでは、平成23年に床の張り替えをした、茨城県鹿嶋市の鹿島神宮武徳殿はまさにそれを実践している。半分ほどは元の木を活かし、半分ほどを新しい木材で張り替えたが、そこで使用したのは鹿島神宮内にあって台風で倒れた木、樹齢400年というものだった。研究のためにと頼んで張り替えに立ち合った前田さんの手元に、その時持ち帰った床板のサンプルがある。

 また、前田さんが調査したなかで、東武館(茨城県水戸市)と養心館(栃木県下野市)には、日光武徳殿に使われている日光東照宮の木が使われていたという。  日光武徳殿といっても建物内ではなく外にある道場の方で、こちらの床材の方が高級なものだったそうだ。

「日光杉は名木中の名木で、買おうとしても伐らせてもらえるものではありません。道場主の方と東照宮の方がどういうつながりがあったかは分かりませんが、武道の結びつきというのは昔から強いんだなと思いました」

雑巾がけによって道場が長持ちする

 道場を長年使っていくと、当然床板の傷み具合にばらつきが出てくる。鹿島神宮武徳殿の例のように、無垢材を使った道場なら傷んだ部分だけ新しい床板に張り替え、活かせる部分は削ってまた使うことができる。工法についての詳しい説明は省略するが、現在はビスで床板を固定しているし、「手違い釘」を使った昔の工法でも一枚ずつ張り替えられる。だが、集成材は下にベニヤを敷いて接着剤で固定しているので、張り替える時は全面ということになる。「京都武徳殿の床はつぎはぎだらけですが、それはつぎはぎができる仕組み、工法だからです。しかし、つぎはぎだらけだから良くない道場だという人はいません」

 床を痛めないために、大切なのは日々のメンテナンスである。基本は濡れ雑巾をかけること。大きな道場になるほどモップがけをすることが多いが、それではいけないという。「雑巾がけをしていれば汚れも出にくいし、ツヤも出ます。床板には足の皮脂がつきますので、それを落とさないと傷み方が違ってきます。モップで拭いても表面のホコリをとるだけで、汚れはとれません。

そして木は磨けば磨くほど光ります。個人道場では手入れが行き届いているところが多いのですが、大学などでは疑問符がつくところもあります。私が行った中では慶應義塾大学(日吉)の道場が雑巾がけが行き届いてとくにきれいでした」

 慶應義塾大学の道場の床板は集成材だが、そうであっても手入れの方法によって傷み方は違ってくるという。道場で学ぶ人たちがどれだけ愛情を込めて雑巾がけをし、磨けるかが、道場が長く使えるかどうかに関わってくるのだ。  稽古前に雑巾がけをすれば、同時に、前述のようなけば立ち、ささくれ、そげなどの有無を点検することができ、安全確認にもなる。

 では、そういう傷みが発見された場合は、どうすればいいのか。そう尋ねると、前田さんは目の前で実演してくれた。  ハンマーで叩き、鉄球を落としてへこんだ床板。そこに水をかけて伸ばし、布をあててしばらくアイロンをかける。

これで、へこみは元に戻り、平らな床板に戻ってしまった。「へこんだのはスポンジのように圧縮された状態になっているだけで、ふやかしてあげれば元に戻ります。 そげなども、へこんだところから生じることが多いので、こうやってアイロンをかけた後でサンドペーパーでこすれば平らになります。こういうメンテナンスを教えてあげることも私たちの務めだと思っています」

無塗装の板は暖かい

 次に前田さんは冷蔵庫から四種類の板を出してきた。無塗装の桧の床板、同じ板にウレタン塗装を施したもの、合板、タイル。 順番に触ってみると、一番冷たいのがタイル。一番暖かいのは無塗装の桧の床板である。残る二枚はその中間。「無塗装の床板の方が冬は暖かいと言われるのは、ウレタン塗装が表面を石油で被っているのに対し、無塗装は木の貯め込んでいる空気に触ることができるからです。また、手をしばらく置いていてはなすと、ウレタン塗装の方は結露が起こります。それは調湿効果が低いということ。人が息苦しくなるということはないでしょうが、無塗装の方が調湿効果が高いので、人がたくさん来ても過ごしやすいということになります」

 道場もそうだが、自分の家の床板についてももう一度見直したくなる話だった。

一般の人が無垢材に持っている印象として、もう一つ、価格が高いのではないかというものがある。前述のように流通段階で多くのマージンが発生し高価になっていることもあるが、「五感」ではそれらを排したごく一般的な価格だという。 工法についても予算に応じて幅はある。福心舘の場合でも、工期も限られており、すべて最上の工法をとったわけではない。「お客様には、品物も値段も違うので、何社か絶対に当たってくださいと言うようにしているんです。ほとんどの材木屋さんは割れとか反りとか曲がりは『大丈夫です』の一言ですますでしょうが、私は、どこが違うのか、どういう利点があってマイナス点はどこなのかを、包み隠さず説明した上で決めていただきたいと思っています」

 道場の床でも住宅の床でも、購入を決める前に、畳一畳分ほどの床のサンプルをつくって実感してもらうという。